相手を責めずに伝える問題提起:関係性を損なわずに改善を促すアサーション
はじめに:関係性を損なわずに問題点や改善点を伝えることの重要性
仕事やプライベートにおいて、相手の行動や状況について問題を感じたり、改善を促したいと思ったりすることは少なくありません。しかし、どのように伝えれば相手を不快にさせず、関係性を損なわずに建設的な話し合いができるのか、悩む方は多いのではないでしょうか。率直すぎると相手を傷つけてしまったり、反発を招いたりする恐れがあります。逆に、何も言わずに我慢し続けても、状況は改善されず、自身のストレスが募る一方です。
このような状況で役立つのが「アサーション」というコミュニケーションスキルです。アサーションは、相手を尊重しつつ、自分の気持ちや考え、要望を正直かつ適切に表現する技術です。今回は、このアサーションを用いて、関係性を壊さずに問題提起や改善提案を行う方法に焦点を当てて解説します。
なぜ、相手に問題点や改善点を伝えるのが難しいのか
私たちは、相手に否定的なことを伝えたり、何かを指摘したりすることに対して、様々な不安や抵抗を感じがちです。
- 相手を傷つけたくない: 自分の言葉で相手が不快になったり、自信を失ったりするのではないかと心配します。
- 関係性の悪化を恐れる: 指摘したことで気まずくなったり、今後の協力関係に影響が出たりすることを懸念します。
- 感情的な反発を招きたくない: 相手が感情的になり、建設的な話し合いができなくなることを避けたいと考えます。
- 伝えること自体に自信がない: 自分の感じていることが正しいのか分からなかったり、うまく言葉にできなかったりします。
これらの恐れから、私たちは問題を見て見ぬふりをしたり、曖昧な表現にとどめたりすることがあります。しかし、それでは根本的な解決には至りません。
アサーションの基本原則を問題提起に応用する
アサーションの根底にあるのは、「自分も相手も大切にする」という考え方です。問題提起や改善提案の場面でこの原則を適用すると、以下の点が重要になります。
- 相手の人格を尊重する: 問題行動や特定の状況について話すのであり、相手の人格を否定するものではありません。
- 正直かつ誠実に伝える: 自分の感じていること、懸念していることを偽りなく伝えます。
- 自分の感情や権利を認める: その状況によって自分がどのように感じているか、どのような影響を受けているかを認識し、それを表現する権利があることを認めます。
- 建設的な解決を目指す: 相手を責めるのではなく、共に状況を改善していくことを目指します。
問題提起のためのアサーションテクニック
アサーションを用いて問題提起を行う際には、いくつかの具体的なテクニックがあります。
1. I(アイ)メッセージを使う
相手を主語にする「You(ユー)メッセージ」(例:「あなたはいつも納期を守らない」)は、相手を非難しているように聞こえ、反発を招きやすくなります。代わりに、「I(アイ)メッセージ」を使って、「私は」どう感じたか、どう影響を受けたかを伝えます。
- 悪い例(Youメッセージ):あなたのやり方は効率が悪すぎます。
- 良い例(Iメッセージ):このタスクの進捗について、私は少し心配しています。
2. 客観的な事実を伝える
感情や推測ではなく、具体的な行動や状況といった客観的な事実に基づいて話します。
- 悪い例:いつも適当な仕事をしますね。
- 良い例:前回の報告書で、提出期限が2日遅れていました。
3. 自分の感情や影響を伝える
その事実や状況によって、自分がどう感じたか、どのような影響を受けたかを正直に伝えます。これにより、相手は自分の行動が他者にどのような影響を与えているかを理解しやすくなります。
- 悪い例:あなたのせいで大変でした。
- 良い例:報告書が遅れたため、次の工程に着手できず、私は締め切りに間に合うか不安を感じました。
4. 具体的な解決策や提案、要望を伝える
問題を指摘するだけでなく、どのように改善したいか、どのような協力をしてほしいかなど、具体的な解決策や要望を明確に伝えます。相手に考えさせる余地を残すために、「〜してもらえると助かります」「〜について一緒に考えていただけますか」といった形で提案することも効果的です。
- 悪い例:もっとしっかりやってください。
- 良い例:今後は、提出期限を守っていただけると、後続の作業がスムーズに進み、私も安心できます。もし難しい場合は、事前に状況を共有していただけると助かります。
5. タイミングと場所を選ぶ
相手が落ち着いているとき、集中できる環境で話すことも重要です。感情的になっているときや、他の人が聞いている場での指摘は避けるべきです。事前に「少しお話ししたいのですが、今お時間よろしいですか?」などと尋ねる配慮も大切です。
6. DESC法を応用する
DESC法は本来、要望を伝えるためのフレームワークですが、問題提起にも応用できます。
- D (Describe - 描写する): 問題となっている状況や行動を、客観的な事実に基づいて描写します。「〜という状況がありました」
- E (Express - 表現する): その状況について、自分がどう感じているか、どう影響を受けているかを表現します。「その時、私は〜と感じました」「その結果、〜という影響が出ています」
- S (Specify - 具体的に提案する): 問題解決のための具体的な提案や要望を伝えます。「〜のようにしていただけると嬉しいです」「今後、〜のようにするのはいかがでしょうか」
- C (Consequences - 結果を伝える/選択肢を提示する): 提案が受け入れられた場合の良い結果(相手や組織にとってのメリット)を伝えたり、難しければ別の選択肢を提示したりします。「そうすることで、〜というメリットが期待できます」「もし難しければ、代わりに〜という方法も考えられます」
具体的なシチュエーション別例文
アサーションを用いた問題提起の例文をいくつかご紹介します。
シチュエーション1:部下のミスや遅延を指摘する場合
- 「〇〇さん、先日の△△の件についてお話ししたいのですが、少しお時間よろしいですか。あの報告書ですが、期日から2日遅れて提出されましたね。その結果、顧客への提出が遅れ、私自身も対応に追われ、少し心配しました。今後、期日内に提出していただけると大変助かります。何か困っていることがあれば、遠慮なく相談してください。」
シチュエーション2:同僚の非協力的な態度について話す場合
- 「〇〇さん、この間のプロジェクトでの協力体制について、少し気になっていることがあります。私が△△の件で協力を求めた際に、お忙しいのは承知の上ですが、すぐに対応いただけなかったため、全体のスケジュールに遅れが出そうになり、私は少し困りました。今後は、手が離せない場合でも、対応可能になる時期だけでも教えていただけると、計画が立てやすくなり、助かります。お互いに協力してプロジェクトを成功させたいと考えています。」
シチュエーション3:クライアントの指示の曖昧さや問題点を伝える場合
- 「〇〇様、先日の△△に関するご指示についてご確認させていただけますでしょうか。〇〇の部分について、▲▲と受け取りましたが、その理解で間違いないでしょうか。もしそのように進めた場合、××という点で問題が発生する可能性がございます。つきましては、⬜︎⬜︎のように進めることをご検討いただけないでしょうか。そうすることで、スムーズに進行し、品質も担保できると考えております。」
シチュエーション4:家族の困った習慣について話す場合(例:食器の片付け)
- 「ねえ、少しお願いがあるんだけど、いいかな。食事が終わった後、使った食器がテーブルの上に置かれたままになっていることがあるよね。それを見ると、次に使うときにテーブルを片付ける手間が増えて、私は少し疲れてしまうんだ。使った食器をシンクに持って行ってもらえると、すごく助かります。ありがとう。」
これらの例文はあくまで一例です。状況や相手との関係性に合わせて、言葉遣いや内容は調整してください。重要なのは、「事実」「感情/影響」「要望/提案」を伝える構成を意識し、相手を尊重する姿勢を崩さないことです。
実践のためのステップ
問題提起のアサーションを実践するために、以下のステップを試してみてください。
- 感情を整理する: なぜその状況が気になるのか、具体的にどのような感情(不安、困惑、疲労など)を抱いているのかを自分自身で明確にします。
- 伝えるべき内容を整理する:
- 客観的な事実(いつ、何が起こったか)
- それによって自分がどう感じたか、どのような影響が出たか
- 具体的にどうしてほしいか、どう改善したいか(要望や提案) これらを整理します。
- 練習してみる: 頭の中でシミュレーションしたり、信頼できる人に聞いてもらったりして、スムーズに伝えられるように練習します。
- 落ち着いて伝える: 感情的にならず、落ち着いたトーンで話します。
- 相手の反応を受け止める: 相手が反論したり、感情的になったりする可能性もあります。すぐに否定せず、相手の言い分にも耳を傾ける姿勢が大切です。
まとめ
関係性を損なわずに問題提起や改善提案を行うことは、容易ではありません。しかし、アサーションの原則に基づき、「事実」「自分の感情・影響」「要望・提案」を丁寧に伝えることで、相手の反発を最小限に抑え、建設的な話し合いにつなげることが可能です。
相手を責めるのではなく、共に状況を良くしていこうという姿勢を示すことが、信頼関係を維持しながら問題を解決する鍵となります。今回ご紹介したテクニックや例文を参考に、ご自身の状況に合わせて実践してみてください。粘り強く、誠実に向き合うことで、より健全で生産的な人間関係を築くことができるでしょう。