関係性を損なわずに価値観の違いを乗り越える:アサーションで築く建設的な対話
価値観の違いがもたらすコミュニケーションの壁
仕事においてもプライベートにおいても、私たちは日々様々な価値観を持つ人々とのコミュニケーションに直面します。働き方、人生観、お金の使い方、あるいは社会問題に対する考え方など、自分とは異なる価値観を持つ相手とのやり取りは、時に難しさを伴います。意見が対立したり、相手の考え方が理解できなかったりすることで、つい感情的になったり、逆に言いたいことを我慢してしまったりすることもあるでしょう。これにより、関係性にひびが入るのではないかという懸念から、本音を伝えるのを避けてしまう方も少なくありません。
しかし、価値観の違いは自然なことです。そして、その違いがあるからこそ、新たな視点を得たり、より良い解決策が見つかったりすることもあります。大切なのは、違いを否定したり避けたりするのではなく、関係性を損なわずに建設的に向き合う技術です。ここで役立つのが「アサーション」、つまり相手を尊重しつつ、自分の意見や気持ちを正直かつ率直に伝えるコミュニケーション手法です。
アサーションとは:自己尊重と他者尊重のバランス
アサーションの基本的な考え方は、「自分も相手も同じように尊重する」というものです。自分の権利(自分の意見や感情を持つこと、それを表現すること)を主張すると同時に、相手の権利も認める姿勢を大切にします。
価値観の違いがあるコミュニケーションでは、このアサーションの原則が特に重要になります。自分の価値観を一方的に押し付けたり(攻撃的なコミュニケーション)、相手の価値観に合わせて自分の意見を言えなかったり(受動的なコミュニケーション)するのではなく、互いの違いを前提として対話を進めるバランスが求められます。
価値観の違いがある相手とのコミュニケーションにおける課題
価値観が異なる相手とのコミュニケーションで生じやすい課題には、以下のようなものがあります。
- 決めつけや偏見: 相手の価値観を十分に理解しないまま、「きっとこうだろう」と決めつけて対応してしまう。
- 感情的な反応: 自分の価値観と異なる意見に触れた際に、驚き、怒り、不安などの感情が先に立ち、冷静な対話ができなくなる。
- 相互理解の不足: 互いの背景や経験に基づく価値観の違いを認識せず、自分の「当たり前」が相手にも通用すると思い込む。
- 非難や攻撃: 相手の価値観や意見を人格攻撃と捉えたり、価値観そのものを否定したりする形で伝えてしまう。
- 対話を避ける: 関係悪化を恐れ、価値観の違いに触れる話題そのものを避けてしまう。
これらの課題を乗り越え、関係性を維持・発展させながら対話を進めるために、アサーションは有効な手段となります。
アサーションで価値観の違いにどう向き合うか
アサーションを用いて、価値観の違いがある相手と建設的に対話するためのポイントをいくつかご紹介します。
- 相手の価値観を尊重する姿勢を示す:
- まずは相手の意見や考えに耳を傾け、理解しようとする姿勢を示します。「〜ということですね」と相手の言葉を繰り返したり、「もう少し詳しく教えていただけますか」と問いかけたりすることで、尊重の意図が伝わります。
- 相手の価値観そのものに同意できなくても、「そういう考え方もあるのですね」「あなたがそう考える背景には、〜のような経験があるのですね」のように、価値観の存在やその背景を理解しようとする姿勢を見せることが大切です。
- 自分の価値観や考えを「私の視点」として伝える:
- 自分の意見を述べる際は、「〜するのが絶対正しい」「〜であるべきだ」のように断定的な表現や、相手の価値観を否定するような表現は避けます。
- 「私は〜だと思います」「私の経験からは〜です」「私は〜という価値観を大切にしています」のように、「私」を主語にして、それが「自分の考えや感じ方である」ことを明確に伝えます。これにより、相手の価値観を否定することなく、自分の内面を表現できます。
- 感情的にならず、事実と意見・感情を区別する:
- 価値観の違いに触れると感情が動きやすいですが、冷静さを保つよう努めます。
- 具体的な事実(例: 「この資料には〇〇と書かれていますね」)に基づき、それに対する自分の意見や感情(例: 「私はその点について少し懸念があります」「私は〜だと感じています」)を分けて伝えます。非難や推測を事実のように語らないことが重要です。
- 共通点や共通の目標を探る:
- 価値観が全て異なるということは稀です。対話の中で、互いに同意できる点や、共通して目指している目標(例: プロジェクトの成功、より良い関係性、問題解決など)を見つけ、そこを起点に話をすることも有効です。違いだけではなく、共通の土台があることを認識することで、対話が進みやすくなります。
- 同意できない点や譲れない点を伝える:
- 全ての価値観に同意する必要はありません。相手の意見や価値観を尊重しつつも、同意できない点や、自分にとって譲れない点については、アサーティブに伝えます。その際も、「あなたの考えは間違っている」ではなく、「あなたの意見は理解しましたが、私は〜という理由から、その点については同意しかねます」のように、理由を添えて丁寧に伝えます。
具体的なシチュエーションと例文
シチュエーション1:職場で、新しいツールの導入に対する価値観が異なる場合
- 相手(導入に消極的)の意見例: 「新しいツールなんて覚えるのが面倒だ。今のやり方で十分効率的だと思う。」
- アサーティブな伝え方例:
- 相手の意見に耳を傾ける:「〇〇さんは、今のやり方で十分効率的だと感じていらっしゃるのですね。新しいツールを覚える手間を懸念されているのですね。」
- 自分の価値観・考えを伝える:「私は、新しいツールを導入することで、長期的に見て〜のようなメリットが得られるのではないかと考えています。例えば、〜という作業の時間が〇〇分短縮できる可能性があります。」
- 共通目標に触れる:「私たちの部署としては、全体として作業効率を上げたい、という点では共通の目標があると思います。その目標に向けて、お互いの意見を踏まえて、どの方法が最適か一緒に検討できませんでしょうか。」
シチュエーション2:友人との間で、お金の使い方に対する価値観が異なる場合
- 相手(節約志向)の意見例: 「趣味にお金をかけるなんて無駄だよ。将来のために貯金するべきだ。」
- アサーティブな伝え方例:
- 相手の意見に理解を示す:「△△さんは、将来のためにしっかり貯金することを大切にしているんだね。その考え方はとても堅実だと思うよ。」
- 自分の価値観・考えを伝える:「私は、お金を使うことで得られる今の経験や、好きなことにかける時間が、自分の人生を豊かにしてくれると感じているんだ。だから、〇〇(趣味)にはある程度お金をかけたいと思っているんだ。」
- 違いを認めつつ関係を維持:「お金に対する考え方は人それぞれ違うと思うけれど、私はあなたのそういう考えも理解できるし、あなたには私の考えを理解してもらえたら嬉しいな。お互いにとって良いバランスを見つけようね。」
シチュエーション3:家族との間で、ライフスタイルに関する価値観が異なる場合
- 相手(伝統的なライフスタイルを好む親)の意見例: 「結婚したらすぐに子供を持つべきだ」「家事は女性がするものだ」
- アサーティブな伝え方例:
- 相手の価値観の背景に配慮:「お父さん(お母さん)たちが若い頃は、そう考えるのが一般的だったのですね。私たちのことを思って言ってくれているのは伝わります。」
- 自分の価値観・考えを伝える:「私たちは、結婚してすぐに子供を持つかどうかは、夫婦でよく話し合って、私たちのタイミングで決めたいと考えています。また、家事についても、男女関係なく協力して行うのが私たちのスタイルです。色々な生き方がある中で、私たちは私たちに合った形を築いていきたいと思っています。」
- 関係性を保つ意図を示す:「私たちの考え方は少し違うかもしれませんが、これは私たち夫婦で真剣に話し合って決めたことです。私たちの選択を応援していただけると嬉しいです。」
これらの例文のように、「私は〜です」「私は〜と感じています」といった「アイ・メッセージ」を活用し、非難や断定を避け、相手への配慮を示す言葉(「〜というお考えなのですね」「〜してくれてありがとう」など)を添えることが、関係性を守る上で効果的です。
実践のためのステップ
- 自分の価値観を明確にする: 自分が何を大切にしているのか、どのような考え方を持っているのかを自己分析します。
- 相手の価値観に興味を持つ: なぜ相手はそのように考えるのか、背景にある経験や考えに耳を傾け、理解しようと努めます。
- 感情的になりそうな時は一呼吸置く: 価値観の違いに触れて動揺した際は、すぐに反応せず、一度冷静になる時間を取りましょう。
- 「事実」「意見」「感情」を区別して伝える練習をする: 出来事(事実)と、それに対する自分の解釈(意見)、湧き起こる気持ち(感情)を分けて表現することを意識します。
- 小さなことから実践する: いきなり大きな価値観の違いに挑むのではなく、日常のささやかな違いに関する対話からアサーションを試してみましょう。
まとめ
価値観の違いがあるコミュニケーションは、時に困難ですが、関係性を壊さずに乗り越えることは可能です。そのためには、自分も相手も尊重するアサーションの姿勢が不可欠です。相手の価値観を理解しようと努めつつ、自分の意見や感情を正直かつ丁寧に伝えることで、互いの違いを認め合いながら、より建設的で豊かな対話を築くことができるでしょう。価値観の違いを、関係性の壁とするのではなく、お互いをより深く理解し、共に成長するための機会と捉えてみてはいかがでしょうか。