交渉で成功するアサーション技術:互いの納得を引き出す伝え方
交渉は、仕事においてもプライベートにおいても、私たちの日常に欠かせないコミュニケーションの一つです。しかし、「どうすれば自分の希望を伝えられるのか」「相手との関係性を壊さずに納得のいく結論にたどり着けるのか」といった悩みを抱える方も少なくないかもしれません。
この記事では、アサーションの考え方を交渉の場で活用し、互いのニーズを尊重しながらより良い結果を引き出すための具体的な技術をご紹介します。
なぜ交渉にアサーションが必要なのか?
交渉の場面では、自分の意見や要望を明確に伝えつつ、相手の立場や事情にも配慮する必要があります。ただ強く自己主張するだけでは相手を遠ざけてしまう可能性があり、逆に相手の意見ばかりを尊重していると、自分の不利益につながることもあります。
アサーションは、「自分も相手も大切にする自己表現」の考え方です。この考え方を交渉に応用することで、相手を尊重しつつも自分の意見や要求を率直かつ適切に伝えることが可能になります。感情的にならず、論理的に、そして誠実にコミュニケーションを図るための基盤となるのが、アサーションです。
交渉におけるアサーションの基本原則
交渉においてアサーションを実践する上で重要な基本原則は以下の通りです。
- 自己表現の権利の認識: 自分の考えや感情、要求を表現する権利が自分にあることを認識します。
- 相手の権利の尊重: 同時に、相手にも自身の考えや感情、要求を表現し、尊重される権利があることを深く理解します。
- 正直かつ率直なコミュニケーション: 遠回しな言い方や、真意を隠すことなく、誠実に自分の意図や状況を伝えます。
- 具体的な表現: 抽象的な表現ではなく、具体的な事実や状況に基づいてコミュニケーションを進めます。
- 責任ある選択: 自分の言動に対して責任を持ち、結果を受け入れる姿勢を持ちます。
これらの原則に基づき、互いの立場を尊重しながら交渉を進めることで、単なる対立ではなく、協力的な問題解決へと導くことができるようになります。
交渉で使える具体的なアサーションテクニック:DESC法
アサーションの実践的な方法としてよく知られているDESC法は、交渉の場でも非常に有効です。DESC法は、以下の4つのステップで構成されます。
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Describe (描写する): 問題となっている状況や相手の行動を、客観的かつ具体的に描写します。評価や非難を交えずに、事実のみを伝えます。
- 例: 「〇〇の件について、当初の仕様には含まれていなかった△△の機能について、実装のご相談をいただいております。」
- 例: 「前回のミーティングで、今日の締め切りで資料を提出することになっていましたが、まだ拝見できておりません。」
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Express (表現する): その状況や行動に対して、自分がどう感じているか、どう考えているかを率直に表現します。「私は〜と感じています」「私は〜と考えています」のように、「私(I)」を主語にして伝えることで、感情や意見を責任を持って伝えることができます。
- 例: 「その機能を実装するには、現在確保している時間では難しいと感じております。」
- 例: 「資料が提出されていないため、次の準備を進めることができず、少し困っています。」
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Specify (提案する): 問題を解決するために、具体的にどうして欲しいか、どのような代替案があるか、自分の要望や提案を明確に伝えます。実現可能で具体的な内容を提示します。
- 例: 「つきましては、△△機能の実装については、追加の作業時間をご検討いただくか、あるいは納期を〇日まで延期していただくことは可能でしょうか。」
- 例: 「本日の終業時間までに資料を提出していただくことは可能でしょうか。難しければ、いつまでに提出できるか、ご都合をお聞かせいただけますでしょうか。」
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Choose (選択肢を伝える/結果を示す): 相手が提案を受け入れた場合、あるいは受け入れなかった場合にどうなるか、どのような選択肢や結果が考えられるかを伝えます。協力的な態度を示すことが重要です。
- 例: 「もし追加の作業時間についてご検討いただければ、△△機能を含めた形での納品が可能です。納期を延期いただければ、現在の予算内で対応できるかと思います。」
- 例: 「もし本日中にご提出いただければ、明日午前中に確認し、速やかに次のステップに進めます。難しい場合でも、状況を把握できれば、今後の進め方について一緒に調整できますので、ご一報いただけますと幸いです。」
DESC法を用いることで、感情的にならず、論理的かつ建設的に交渉を進める道筋を示すことができます。
交渉シチュエーション別アサーション例文
いくつかの具体的なシチュエーションにおけるアサーションを使った伝え方の例文をご紹介します。
シチュエーション1:クライアントからの急な仕様変更依頼と納期・金額交渉
- 相手への配慮を示しつつ、状況を伝える: 「いつも大変お世話になっております。〇〇様からご提案いただいた△△機能の追加についてのご要望、詳細を拝見いたしました。新しいアイデアはプロジェクトにとってプラスになると理解しております。」
- 現在の状況と影響を客観的に伝える: 「ただ、現行の計画では、当初合意いたしました納期(〇月〇日)と予算の中で、ご提案いただいた△△機能までを実装することは、技術的に、また作業時間の観点から難しい状況です。」
- 要望・代替案を具体的に提案する:
「つきましては、もし△△機能の追加をご希望される場合、以下のいずれかの対応についてご検討いただけますでしょうか。
- 納期を延長する: 納期を〇月〇日まで延期させていただければ、追加のコスト無しで△△機能を含めて開発可能です。
- 追加予算で対応する: 当初の納期(〇月〇日)を維持する場合、△△機能の実装には別途お見積もりが必要となります。詳細について改めてご提案させていただきます。
- 機能の優先順位を見直す: 必須機能と△△機能を含めた追加機能の優先順位を再検討し、今回の開発範囲を調整することも可能です。」
- 協力的な姿勢を示す: 「どちらの案がプロジェクトの目的に最も合致するか、改めてお話し合いさせていただければ幸いです。〇〇様にとって最善の方法を一緒に見つけたいと考えております。」
シチュエーション2:同僚との役割分担で自分の負担が大きい場合
- 事実を伝え、自分の状況を表現する: 「〇〇さん、いつもありがとうございます。今進めているプロジェクトの△△のタスクについてお話しさせてください。現在、私が担当している範囲が全体の〇割ほどになっており、他の業務と合わせると、少し厳しい状況にあります。」
- 問題解決に向けた提案をする: 「つきましては、タスクの分担について、改めて一緒に見直すお時間をいただくことは可能でしょうか。もし可能であれば、△△のタスクの一部を〇〇さんにお願いできないか、あるいは他のメンバーに協力を仰ぐことはできないか、ご相談したいです。」
- 協力する姿勢を示す: 「より効率的にプロジェクトを進めるため、どのように分担するのがお互いにとって無理がないか、一緒に考えさせていただければ幸いです。」
シチュエーション3:友人や家族からの断りにくい誘いや要求
- 感謝を示しつつ、断りの意思を伝える: 「誘ってくれてありがとう、すごく嬉しいです。」
- 断る理由を簡潔に伝える(具体的な理由が話しやすければ伝える): 「ただ、その日はどうしても外せない別の予定が入っていて、参加することが難しいです。」 「最近少し忙しくて、その日はゆっくりしたいと考えていました。」
- 代替案や別の機会を提案する(可能であれば): 「また次の機会にぜひ誘ってくれると嬉しいです。」 「もしよかったら、来週の△曜日にご飯でも行かない?」
これらの例文はあくまで一例です。状況や相手との関係性に合わせて、言葉遣いや表現を調整することが重要です。重要なのは、相手を否定せず、自分の状況や考えを「私」を主語にして伝え、具体的な解決策や代替案を提示する姿勢です。
交渉をスムーズに進めるための追加のヒント
アサーションの技術に加え、以下の点も交渉を成功に導くために役立ちます。
- 事前に準備する: 自分の希望条件、譲れない点、代替案、そして相手の立場や可能性のある要望について事前に整理しておきます。
- 傾聴の姿勢: 相手の話をしっかりと聞き、相手の立場や感情を理解しようと努めます。アクティブリスニングのスキルが有効です。
- 非言語コミュニケーション: 声のトーン、表情、姿勢なども、メッセージの伝わり方に大きく影響します。落ち着いた、誠実な態度を心がけます。
- 感情のコントロール: 交渉が難航しても、感情的にならず、冷静に事実や論点に焦点を当て続けます。
- 共通の目標を見出す: 互いの利害が完全に一致しなくても、共通の目標や、協力することで得られるメリットに焦点を当てることで、建設的な解決策が見つかりやすくなります。
まとめ
交渉は対立の場ではなく、互いのニーズを理解し、協力してより良い結論を導き出すためのプロセスです。アサーションの技術を身につけることで、相手を尊重しながらも自分の意思を明確に伝え、感情的にならずに論理的な対話を進めることが可能になります。
DESC法をはじめとするアサーションの具体的なテクニックを学び、実際のシチュエーションで練習を重ねることで、きっとあなたは自信を持って交渉に臨めるようになるでしょう。そして、それは単に交渉の成功だけでなく、日々のコミュニケーションにおける人間関係をより健全で良好なものにしていく力にもつながります。ぜひ、今日からアサーションの考え方を交渉に取り入れてみてください。