「NO」を伝える技術

感情的にならずに穏やかに伝える:アサーションで関係性を守る自己表現技術

Tags: アサーション, 感情マネジメント, コミュニケーション, 自己表現, 人間関係

感情に振り回されずに、関係性を保って伝えるために

私たちは日々の生活の中で、様々な感情を抱きます。喜び、悲しみ、怒り、不安。これらの感情は自然なものですが、時にはその感情に振り回され、相手とのコミュニケーションで冷静さを失ってしまうことがあります。例えば、急な依頼にイライラしてしまったり、一方的な意見に反論したいのに、感情的になりそうで言葉を飲み込んでしまったり。結果として、自分の気持ちをうまく伝えられず後悔したり、あるいは感情的な言い方をしてしまい関係性を損ねてしまったりする経験をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

感情的にならずに、かといって我慢するのではなく、自分の意思を穏やかに、そして効果的に伝えることは、仕事においてもプライベートにおいても非常に重要です。本記事では、相手との関係性を守りながら、感情に振り回されずに自己主張を行うためのアサーションの技術をご紹介します。

アサーションとは:感情とどう向き合うか

アサーションとは、「相手を尊重しつつ、自分の気持ちや意見、要求を正直に、率直に、そして適切に表現する自己主張」を指します。非主張的な態度(自分の意見を言えず我慢する)でもなく、攻撃的な態度(相手を一方的に非難したり傷つけたりする)でもない、第三のコミュニケーションスタイルです。

アサーションの根底には、「自分にも相手にも、自己表現の権利がある」という考え方があります。この権利を互いに認め合うことで、対等な関係性の中でのコミュニケーションが可能になります。

感情とアサーションの関係は非常に深く、アサーションは感情を無視することではありません。むしろ、自分の感情に気づき、それを適切に表現する、あるいは一時的な感情に流されずに理性的な判断に基づいて行動するための技術です。感情的になってしまう原因には、自分の気持ちが理解されないことへの不満や、状況をコントロールできないことへの不安などがある場合があります。アサーションを学ぶことで、これらの感情の背景にある自分のニーズや境界線を理解し、それを相手に穏やかに伝える方法を身につけることができます。

感情的に反応するのではなく、自分の感情に気づき、それをコントロールしながら、建設的な方法で自己主張を行うことが、アサーションを通じた感情マネジメントの第一歩となります。

感情マネジメントのためのアサーション実践原則

感情に振り回されずにアサーションを行うためには、いくつかの原則を意識することが役立ちます。

これらの原則を意識することで、感情的な波に乗りっぱなしになるのではなく、感情を理解し、コントロールしながら、建設的なコミュニケーションを進める基盤が築かれます。

具体的な状況別アサーション例文

感情的になりやすい、あるいは感情を抑え込みがちな状況で使える具体的なアサーションの例文をいくつかご紹介します。

シチュエーション1:クライアントからの急な(無理な)要求

感情:「なぜいつもこうなんだ」「もう嫌だ」といった疲弊や怒りを感じる。

非主張的:「はい、承知いたしました…(内心で不満を抱えながら)」 攻撃的:「そんな急には無理です!」「いつもいつも困ります!」

アサーティブな伝え方:

「〇〇様、いつもお世話になっております。△△の件、承知いたしました。ただ、現在の進行状況と私のリソースを考慮いたしますと、ご要望の期日(〇月〇日)までに仕上げることは、品質を維持することが難しくなる可能性があります。もし期日を優先される場合は、この部分の仕様を調整させていただくか、あるいは期日を〇月〇日まで延長させていただくことは可能でしょうか。ご相談させていただけますと幸いです。」

解説: まず相手の依頼を受け止める姿勢を示し、次に現在の状況(事実)とそれによる懸念(品質維持が難しい可能性)を穏やかに伝えます。感情的な言葉を使わず、具体的な代替案を提示することで、建設的な解決策を探る姿勢を示しています。

シチュエーション2:友人からの断りにくい誘い

感情:「気が進まないけど断ったら悪いな」「面倒だな」といった億劫さや罪悪感を感じる。

非主張的:「うん、まあ行けたら行くよ…(結局行かない、あるいは無理して行く)」 攻撃的:「行きたくない!無理!」

アサーティブな伝え方:

「誘ってくれてありがとう!すごく嬉しいんだけど、実はその日は少し体調が優れなくて(あるいは、先に予定が入ってしまって)今回は見送らせてもらってもいいかな。また別の機会にぜひ誘ってくれると嬉しいです。」

解説: 感謝の言葉で始め、誘ってくれたことへの気持ちは嬉しいと伝えます。断りの理由を簡潔かつ正直に伝え(詳細すぎる説明は不要)、代替の可能性(別の機会)に触れることで、相手への配慮を示しつつ、自分の意思を明確に伝えています。感情的に「気が乗らない」と言う代わりに、具体的な理由を用いることで、相手に不快感を与えにくくなります。

シチュエーション3:家族からの過干渉な言動

感情:「放っておいてほしい」「なぜわかってくれないんだ」といった苛立ちやうんざりした気持ちを感じる。

非主張的:(何も言えず、内心で我慢する) 攻撃的:「うるさいな!放っといてくれ!」

アサーティブな伝え方:

「心配してくれてありがとう。その気持ちはとても嬉しいです。ただ、この件については自分で考えて決めたいと思っています。もう少し一人で考える時間をいただけると助かります。」

解説: 相手の行動(心配)の背景にある気持ち(感謝)を認め、受け止めることから始めます。次に、自分の正直な気持ち(自分で決めたい)と具体的な要望(一人で考える時間)を穏やかに伝えます。「〜していただけると助かります」のような依頼形は、相手に選択肢を与え、協力をお願いするニュアンスになり、命令的な印象を与えません。

これらの例文はあくまで一例です。大切なのは、状況に合わせて、自分の感情に気づき、それをコントロールしながら、相手への配慮を忘れずに、自分の正直な気持ちや要望を「Iメッセージ」などを活用して穏やかに伝える練習をすることです。

感情に振り回されないための実践ステップ

感情的にならずにアサーションを実践するためには、日々の意識と練習が不可欠です。

  1. 自分の感情パターンを知る: どのような状況で感情的になりやすいか、どのような感情を抱きやすいかを振り返ってみましょう。自己観察ノートをつけるのも有効です。
  2. 感情が高ぶった時の対処法を決めておく: 深呼吸をする、その場を一時的に離れる、信頼できる人に後で話を聞いてもらうなど、感情的になりそうな時にどう行動するかを事前に決めておきます。
  3. 小さなアサーションから始める: 些細なことから、自分の気持ちや意見を伝える練習を始めます。例えば、レストランで違う料理が運ばれてきたときに「すみません、私が注文したのはこちらでした」と伝えるなど、リスクの低い場面から慣れていきます。
  4. 「Iメッセージ」を使う練習をする: 自分の気持ちを伝える際に、「私は〜と感じました」「私は〜だと思います」という言い方を意識的に使う練習をします。
  5. 断る練習をする: 「ごめんなさい、その日は難しいです」のように、簡潔に断る練習をします。断ることに罪悪感を感じる場合は、「断っても自分には価値がある」というアサーションの権利を意識します。
  6. 成功体験を積み重ねる: 上手くアサーションができた経験を覚えておき、自信につなげます。
  7. 完璧を目指さない: 全ての状況で完璧にアサーションができる必要はありません。失敗しても、次にもっと良くするためにはどうすれば良いかを建設的に考えます。

これらのステップを焦らず、一つずつ試していくことが、感情と上手に付き合いながら自己主張できる自分へとつながります。

まとめ

感情的になってしまうことは、多くの人が経験する自然なことです。しかし、その感情に流されてしまうと、伝えたいことも伝えられなかったり、あるいは関係性を損ねてしまったりする可能性があります。アサーションは、自分の感情に気づき、それを適切にコントロールしながら、相手への尊重を忘れずに自己主張を行うための強力なツールです。

アサーションの原則を理解し、具体的なテクニックを練習することで、感情的な波に振り回されることなく、穏やかに、しかし力強く自分の意思を伝えることができるようになります。それは、仕事での信頼関係構築、友人や家族とのより健全な関係性、そして何よりも自分自身の心の平穏につながるでしょう。

感情と向き合い、賢く自己表現をする旅に、今日から一歩を踏み出してみませんか。