期待を裏切られた時の伝え方:関係性を守りながら問題解決へ導くアサーション
約束やルールが守られない状況への対処:なぜ伝えることが難しいのか
仕事で納期が守られなかった、プライベートで約束の時間に遅刻された、あるいは家族間での取り決めが守られない。このような状況に直面した際、私たちは様々な感情を抱きます。がっかり、怒り、不満、そして「なぜ守ってくれないのだろう」という疑問です。
しかし、そうした気持ちや相手に改善してほしいという要望を、関係性を損なうことなく伝えることは容易ではありません。強く言いすぎると角が立つかもしれない、相手を傷つけてしまうかもしれない、あるいは関係性が悪化してしまうのではないか、といった懸念が頭をよぎるからです。結果として、何も伝えられずに我慢してしまったり、後になって感情的に伝えてしまったりすることもあります。
アサーションとは何か:関係性を維持しつつ期待を伝える基盤
ここで役立つのが、アサーションというコミュニケーションスキルです。アサーションとは、「相手を尊重しつつ、自分の意見や要求、感情などを率直かつ誠実に表現する自己表現」を指します。受動的なコミュニケーション(言いたいことを我慢する)でも、攻撃的なコミュニケーション(相手を一方的に非難する)でもない、第三の道とも言えます。
アサーションの基本的な考え方は、以下の二点に集約されます。
- 自己尊重の権利: 自分には自分の気持ちや考えを表現する権利がある。
- 相手尊重の義務: 相手には相手の気持ちや考えがあり、それを尊重する義務がある。
この考え方に基づけば、期待を裏切られた状況でも、自分の抱いた感情や困っている状況を伝えることは、自己尊重の権利を行使することになります。同時に、相手の人格や立場を否定せず、非難することなく伝えることで、相手を尊重することができます。これにより、感情的な対立を避け、関係性を維持しながら問題そのものに焦点を当てた話し合いが可能になります。
期待を裏切られた時のアサーション実践ステップ:DESC法を活用する
期待を裏切られた状況でアサーションを用いて伝える際には、「DESC法」というフレームワークが役立ちます。これは、以下の4つのステップで構成されます。
- Describe(描写する): 問題となっている相手の具体的な行動や状況を、客観的な事実に基づいて描写します。非難や評価を含まず、「いつ、どこで、何が起こったか」を伝えます。
- Express(表現する): その状況に対して自分がどのように感じたか、どのような影響を受けたかを、「私は」を主語にした「Iメッセージ」で表現します。
- Specify(特定する/提案する): 今後、相手にどうしてほしいのか、具体的な要望や解決策を提案します。曖昧な表現ではなく、具体的な行動として伝えます。
- Consequence/Choice(結果/選択): 提案が受け入れられた場合(C: Consequence)と、受け入れられなかった場合(C: Consequence)や、それを選ぶのは相手自身であること(C: Choice)を伝えます。関係性へのポジティブな結果や、協力することで得られるメリットを伝えることが効果的です。
具体的な伝え方の例文集
様々なシチュエーションでDESC法を用いたアサーションの例文をご紹介します。
シチュエーション1:仕事の納期遅延
クライアントや同僚が約束の納期を守らなかった。
- Description: 「〇〇さん、先週の金曜日までに提出いただく予定だった〇〇の資料の件ですが。」(具体的な事実の提示)
- Express: 「まだ拝見できていない状況で、少し先のスケジュールに影響が出てしまうかと心配しております。」(自分の感情や影響をIメッセージで)
- Specify: 「本日の終業時間までにいただけると大変助かるのですが、可能でしょうか。」(具体的な要望を提案)
- Consequence/Choice: 「もし難しいようでしたら、いつ頃提出可能か教えていただけますか。今後のスケジュール調整のために把握しておきたいと考えております。」(協力の姿勢と代替案の確認)
シチュエーション2:友人からの返信遅延
友人からの返信が長期間なく、連絡を取りたい状況。
- Description: 「〇〇、元気にしてる?前に送った△△のメッセージのことなんだけど。」(具体的な状況の提示)
- Express: 「連絡がしばらくないから、何かあったんじゃないかと少し気になっているんだ。」(自分の気持ちをIメッセージで)
- Specify: 「もし忙しかったら返信は後で大丈夫なんだけど、無事だよ、とか一言もらえると安心するんだけどな。」(具体的な要望の提案)
- Choice: 「もし返信する余裕がまだないなら、落ち着いたら連絡くれるだけでも嬉しいな。」(相手の状況への配慮と選択肢の提示)
シチュエーション3:家族が共通のルールを守らない
家庭内で決めたルール(例:使ったものを片付ける)が守られない。
- Description: 「ねえ、この間話した、使ったコップは洗うっていうルールのことなんだけど。」(具体的なルールの提示)
- Express: 「洗わずに置いてあるのを見ると、次に使う時に自分で洗わないといけなくて、少し負担に感じてしまうんだ。」(自分の感情と影響をIメッセージで)
- Specify: 「使った後はすぐに洗うか、食洗機に入れるようにしてくれると嬉しいんだけど。」(具体的な行動の要望)
- Consequence/Choice: 「みんなで気持ちよく過ごすために、協力してもらえると助かるよ。」(ポジティブな結果を共有し、協力のメリットを伝える)
シチュエーション4:プライベートの約束の遅刻
待ち合わせの時間に相手が遅刻した。
- Description: 「今日の待ち合わせ、〇時だったよね。」(具体的な事実の確認)
- Express: 「〇時になるまで、少し待っていたんだ。」(起きた状況を伝える)
- Specify: 「もし遅れる場合は、分かった時点で連絡をもらえると嬉しいな。そうしたら、こちらも予定を調整したり、他の場所で待ったりできるから。」(具体的な要望と理由)
- Consequence/Choice: 「連絡があるだけで、待っている間の気持ちが全然違うから、次からお願いできるかな。」(協力によるメリットと選択肢の提示)
伝える際の重要なポイント
アサーションを用いて期待や要望を伝える際には、いくつかのポイントを意識することで、より効果的に、そして関係性を守りながら伝えることができます。
- 感情的になる前に: 強い不満や怒りを感じている場合は、一度落ち着いてから伝えるようにしましょう。感情に任せてしまうと、攻撃的なコミュニケーションになりがちです。
- 「なぜ?」ではなく「何が」と「どう感じたか」: 相手の意図や理由を問い詰めるのではなく、起きた「事実(何が)」と、それに対して「どう感じたか」に焦点を当てて伝えましょう。
- 非難ではなく描写: 相手を「だらしない」「いい加減だ」などと非難するのではなく、「〇〇という状況が起きました」と事実を描写します。
- 解決策を提案する: 問題点を指摘するだけでなく、「こうしてほしい」「こうするのはどうだろうか」と具体的な解決策や代替案を提案することで、建設的な話し合いになります。
- 相手の反応を受け止める準備: 相手が反論したり、感情的になったり、沈黙したりする場合もあります。相手の反応を冷静に受け止め、傾聴する姿勢も重要です。全てが一度で解決しなくても、伝えたという事実が次に繋がります。
まとめ:アサーションで信頼関係を育む
期待を裏切られた状況は、関係性にとって試練となることがあります。しかし、その際にアサーションを用いて、自分の気持ちや要望を率直かつ誠実に伝えることは、問題解決につながるだけでなく、相互理解を深め、信頼関係を再構築する機会にもなり得ます。
すぐに完璧にできなくても問題ありません。まずは小さなことから、DESC法のようなフレームワークを参考に、具体的な事実に基づいて「私はこう感じています」「こうしていただけると助かります」と伝える練習を始めてみてください。伝えることを諦めず、非難することなく、関係性を大切にしながら自己表現を続けることが、より健全で満足のいく人間関係を築くための一歩となります。