日常会話で自分の意見や気持ちを自然に伝えるアサーション技術
日常会話で「言いたいことが言えない」と感じる時
私たちは日々、様々な人々と関わりながら生活しています。仕事の打ち合わせや交渉だけでなく、友人との食事、家族との団らん、ちょっとした立ち話など、日常の中にもたくさんのコミュニケーションの場面があります。
しかし、このような日常的な会話の中で、「本当はこう思っているけれど、言えない」「この話題には乗り気ではないけれど、断れない」「自分の気持ちを言葉にするのが苦手だ」と感じることはないでしょうか。相手に気を遣いすぎたり、波風を立てたくなかったり、あるいは単にどう伝えたら良いか分からなかったりして、結局自分の本心を抑えてしまうことがあるかもしれません。
自分の意見や気持ちを言えないままでいると、小さなストレスが溜まっていったり、人間関係において「自分はいつも我慢している」という感覚に陥ったりすることがあります。一方で、かといって思ったことをそのままストレートに伝えすぎてしまい、相手との関係が気まずくなってしまうのも避けたいところです。
この記事では、日常会話という身近な場面で、相手との関係性を大切にしながらも、自分の意見や気持ちを自然に伝えるためのコミュニケーション技術、「アサーション」の考え方と具体的な方法をご紹介します。
アサーションとは:自分も相手も尊重するコミュニケーション
アサーションとは、簡単に言えば「相手を尊重しつつ、自分の気持ちや考え、要求などを正直に、率直に、かつ建設的に表現する自己表現の方法」です。
コミュニケーションのスタイルには、大きく分けて以下の3つがあると言われています。
- 非主張的(受動的)コミュニケーション: 自分の気持ちや意見を抑え込み、相手に合わせすぎてしまうスタイルです。波風は立ちにくいかもしれませんが、自分の尊厳や権利を損なう可能性があります。
- 攻撃的コミュニケーション: 自分の主張を一方的に押し通したり、相手を批判したりするスタイルです。一時的に自分の要求を通せるかもしれませんが、相手を傷つけ、関係性を損なう可能性が高くなります。
- アサーティブ(主張的)コミュニケーション: 相手の権利や感情も尊重しながら、自分の権利や感情も大切にするスタイルです。対等な立場で、誠実に自分の意思を伝えます。これがアサーションが目指すコミュニケーションです。
日常会話で「言いたいことが言えない」と感じやすい方は、非主張的なスタイルに傾いていることが多いかもしれません。しかし、アサーションは攻撃的になることとは全く異なります。アサーションは、相手との関係性を壊さずに、むしろより健全で対等な関係を築くための技術なのです。
アサーションの根底には、以下の考え方があります。
- 自分には、自分の気持ちや考えを表現する権利がある。
- 相手にも、相手の気持ちや考えを表現する権利がある。
- 自分と相手の権利は等しく尊重されるべきである。
この考え方に基づけば、たとえ日常会話であっても、自分の内にあるものを適切に表現することは、自分自身を大切にすることであり、同時に相手との信頼関係を築く上でも重要な要素と言えます。
なぜ日常会話で自分の意見を言うのが難しいのか?
会議での発言やビジネスの交渉など、ある程度目的が明確な場面と比べて、日常会話はより流動的で、話題も多岐にわたります。だからこそ、自分の意見や気持ちを言うタイミングを逃してしまったり、どう切り出せば良いか分からなくなったりすることがあります。
日常会話で自己主張が難しくなる要因としては、以下のようなものが考えられます。
- 相手に悪く思われたくない、嫌われたくないという恐れ: 特に親しい関係であればあるほど、相手の期待に応えたい、がっかりさせたくないという気持ちが強く働くことがあります。
- 会話の流れを止めてしまうのではないかという不安: 自分の意見を言うことで、場の雰囲気を壊してしまうのではないか、沈黙が生まれてしまうのではないかと考えてしまうことがあります。
- 自分の意見に自信がない: 「こんなこと言っても仕方ない」「どうせたいした意見ではない」と自分の考えを過小評価してしまうことがあります。
- 感情を言葉にするのが苦手: 自分の「嬉しい」「悲しい」「困った」といった感情を、どう表現すれば相手に適切に伝わるのか分からないという場合があります。
- 咄嗟の対応が難しい: 予期せぬ話題や質問に対して、すぐに自分の考えをまとめて言葉にするのが難しいと感じることがあります。
これらの要因に気づくこと、そして「言えないのは自分だけではない」と理解することから、アサーションの実践は始まります。
日常会話で使えるアサーションの基本テクニック
複雑な状況への対応だけでなく、日常のちょっとした会話でもアサーションの考え方は非常に役立ちます。ここでは、すぐに実践できる基本的なテクニックをご紹介します。
1. 「アイメッセージ」で自分の気持ちや考えを伝える
アサーションの基本中の基本は、「私は〜と感じます」「私は〜と思います」「私は〜したいです」のように、「私(I)」を主語にして話すことです。これにより、相手を非難するのではなく、自分の内面の状態を正直に伝えることができます。
例: * (「なんでいつも連絡くれないの!」ではなく)「連絡がないと、私は少し心配になります。」 * (「それは間違ってる!」ではなく)「〜という点については、私は違う考えを持っています。」 * (「これやってよ!」ではなく)「もし可能でしたら、〜を手伝っていただけると私はとても助かります。」
2. 具体的な事実に基づいて話す
抽象的な批判や感情的な表現ではなく、何が問題なのか、何を望んでいるのかを具体的な事実や行動に基づいて伝えましょう。
例: * (「いつも片付けてくれない」ではなく)「昨日、〇〇がテーブルに出しっぱなしになっていたのが気になりました。」 * (「もっと積極的に話してよ」ではなく)「〇〇さんのお話を聞かせてもらえると嬉しいです。」
3. 相手への配慮を示すクッション言葉を使う
特に断りや反対意見を伝える際に、会話の流れを和らげ、相手への配慮を示す言葉を添えると、より受け入れられやすくなります。
例: * 「せっかくお誘いいただいたのに申し訳ありませんが、〜」 * 「お忙しいところ恐縮ですが、〜」 * 「〜というお話も理解できるのですが、私の考えでは〜」 * 「もし可能でしたら、〜していただけると嬉しいです。」
4. 小さなことから練習する
いきなり難しい状況で完璧なアサーションを目指す必要はありません。まずは、日常のささやかな場面で、自分の意見や気持ちを言葉にする練習を始めましょう。
- お店でレジ袋が必要かどうか聞かれた際に、必要・不要をはっきり伝える。
- 友人とのランチで、食べたいものを具体的に提案してみる。
- 家族との会話で、今日の出来事について感じたことを少し話してみる。
具体的なシチュエーションでの例文
日常会話で起こりうる様々なシチュエーションを想定し、アサーションを使った具体的な伝え方の例文をご紹介します。
シチュエーション1:友人からの急な誘いを断りたい
- 例文1: 「お誘いありがとう!とても嬉しいです。でも、その日はどうしても外せない用事がありまして、今回は残念ながら見送らせてください。また近いうちに、別の機会にぜひお声がけください。」
- (感謝を伝え、具体的な理由に深く触れず断り、代替案を示唆することで関係性を保つ)
- 例文2: 「誘ってくれてありがとう!楽しそうだね。ただ、今ちょっと体調が優れなくて、今日はゆっくり休みたいと思っています。ごめんね。また元気になったら遊ぼう!」
- (感謝、現在の状況を正直に伝え、断り、再度の機会に言及)
シチュエーション2:話題になっていることについて、賛成できない・違う意見がある
- 例文1: 「〇〇さんのお話、なるほどと伺いました。〜という点については、私は少し違う見方をしておりまして、〜というように考えています。」
- (相手の意見を受け止めたことを示し、自分の意見を丁寧に対比させる)
- 例文2: 「皆さんの意見、とても参考になります。私からは別の角度で、〜という点について少し補足させていただいても良いでしょうか。」
- (場の意見を尊重しつつ、自分の視点を加える形で発言する)
シチュエーション3:相手に少し手伝ってほしい、お願いがある
- 例文1: 「今、〇〇について少し困っていまして、もしよろしければ、少しだけお知恵を貸していただけないでしょうか。」
- (困っている状況を伝え、具体的にお願いする前に相手の都合を伺う)
- 例文2: 「もし差し支えなければ、〜という作業を手伝っていただけると、私はとても助かります。今、お時間大丈夫でしょうか。」
- (具体的な要望を伝え、それが自分にとってどれだけ助かるかを述べ、相手の状況を確認する)
シチュエーション4:相手の言動で少し気になっていることがある(軽い不満や懸念)
- 例文1: 「すみません、少しお伺いしたいのですが、先ほどの〇〇の件について、〜という点が少し気になっておりまして。」
- (前置きを置き、具体的な気になっている点を冷静に伝える)
- 例文2: 「〇〇さんにお願いがあるのですが、次回からは〜していただけると助かります。以前、〜ということがありまして。」
- (改善してほしい行動を具体的に伝え、それが自分にどのような影響があるかを説明する)
これらの例文はあくまで一例です。大切なのは、これらの型をそのまま使うことではなく、自分の言葉で、誠実に伝えることです。相手の表情や状況を見ながら、最も適切だと感じる言葉を選んでみましょう。
日常会話でのアサーション実践を続けるために
日常会話でアサーションを自然に使えるようになるには、練習が必要です。
- まずは小さな「はい」や「いいえ」から: 難しい断りや意見表明だけでなく、日常のシンプルな質問への応答(例: 「これ食べますか?」「見ましたか?」)で、自分の意思を明確に伝える練習をしましょう。
- 自分の感情や考えを言語化する習慣をつける: 日記を書く、頭の中で整理するなどして、「自分は何を感じているのか」「どう考えているのか」を意識する練習をします。これが、いざという時に言葉にする土台となります。
- 相手の話を丁寧に聞く: アサーションは一方的な主張ではありません。相手の話をしっかり聞く姿勢を示すことで、自分が話す番になった時も相手は耳を傾けてくれやすくなります。
- 完璧を目指さない: 最初から全てを理想通りに伝えられる必要はありません。少しずつ、できる範囲で試してみることが大切です。上手くいかなかったと感じても、それは学びの機会と捉えましょう。
まとめ
日常会話におけるアサーションは、単に自己主張するだけでなく、自分自身の心を守り、同時に相手とのより正直で健全な関係を築くための重要なスキルです。言いたいことが言えずに抱え込んでしまうストレスから解放され、自分の意見や気持ちを自然に表現できるようになることは、自己肯定感を高めることにも繋がります。
アサーションは一朝一夕に身につくものではありませんが、日々の小さな実践の積み重ねによって、必ず自然なコミュニケーションの一部となっていきます。相手への配慮を忘れず、しかし自分の心にも嘘をつかない、そんなバランスの取れたコミュニケーションを目指してみてはいかがでしょうか。
この記事が、あなたの日常会話における「言いたいことが言えない」という悩みを和らげ、自信を持って自己表現できるようになるための一助となれば幸いです。