立場が上の相手にNOや要望を伝える:関係性を守るアサーション実践
立場が上の相手、たとえば上司やクライアントとのコミュニケーションは、私たちの仕事において非常に重要です。同時に、自分の意見や要望を伝えたり、時には難しい断りを入れたりすることに、ためらいを感じる方も少なくありません。関係性を損ねてしまうのではないか、立場が悪くなるのではないか、といった懸念が、自己主張を難しくさせることがあります。
しかし、自分の意思を曖昧にしたり、無理をして引き受けてしまったりすることは、自身の負担を増やすだけでなく、結果的に仕事の質を低下させたり、相手からの信頼を損なったりする可能性もはらんでいます。ここで役立つのが「アサーション」という考え方と、その実践的な技術です。
アサーションとは:相手を尊重しつつ、自分を大切にするコミュニケーション
アサーションとは、「相手を尊重しつつ、自分の気持ちや考え、要求を正直に、率直に、そして建設的に表現する」コミュニケーションの方法です。これは、相手の権利を侵害して一方的に主張する「攻撃的な自己表現」とも、自分の気持ちを抑え込んで相手に合わせてしまう「受動的な自己表現」とも異なります。アサーションは、自分自身の権利と相手の権利の両方を尊重する、健全な自己表現と言えます。
アサーションの基本的な考え方は以下の通りです。
- 自己表現の権利: 自分自身の考え、感情、信念を表現する権利を誰もが持っています。
- 相手への尊重: 同時に、相手も自己表現し、異なる考えを持つ権利を持っていることを認めます。
- 正直さと率直さ: 遠回しすぎず、かといって感情的にぶつかるのではなく、誠実に伝えることを目指します。
- 責任: 自分の発言に責任を持ち、その結果を受け止める覚悟も含まれます。
なぜ立場が上の相手にアサーションが有効なのか
立場が上の相手に対してアサーションを用いることは、一見難しく感じられるかもしれません。しかし、アサーションの根幹にある「相手への尊重」と「正直な自己表現」は、プロフェッショナルな関係を築き、維持するために非常に有効です。
- 信頼の構築: 曖昧な返事や安請け合いをせず、できることとできないこと、自分の考えを正直に伝える姿勢は、長期的な信頼関係の構築につながります。
- 誤解の防止: 意図や状況を明確に伝えることで、期待値のずれや誤解を防ぎ、手戻りやトラブルを減らすことができます。
- 問題の早期発見と解決: 困難な点や懸念を早い段階で建設的に伝えることで、問題が大きくなる前に対処する機会が生まれます。
- 健全な境界線の設定: 自分の限界や守りたい条件を明確に伝えることで、無理な要求に圧倒されることなく、自身の心身の健康や業務の質を保つことができます。
敬意を払いながらも自分の意思を伝えることは、単に「NO」を言う技術だけでなく、より良い仕事の進め方や、より強固な協力関係を築くための土台となるのです。
立場が上の相手へのアサーションの実践ポイント
立場が上の相手に対してアサーションを行う際には、特に以下の点を意識すると効果的です。
- 敬意を示す: 丁寧な言葉遣い、落ち着いた態度、相手の意見に耳を傾ける姿勢など、相手への敬意を明確に示します。いきなり否定的な言葉から入るのではなく、感謝や理解の言葉を添えることも有効です。
- 事実に基づいて伝える: 感情や憶測ではなく、客観的な事実や具体的な状況に基づいて話をします。数値やデータがあればより説得力が増します。
- 「私」メッセージを使う: 相手を主語にして非難するのではなく、「私はこう考えます」「私には〜が難しい状況です」のように、「私」を主語にして自分の状況や感情を伝えます。
- 代替案や解決策を提示する: 単に問題点を伝えるだけでなく、可能な代替案や、状況を改善するための具体的な提案を添えることで、建設的な対話になります。
- タイミングを選ぶ: 相手が忙しい時や感情的になっている時を避け、落ち着いて話ができるタイミングを選びます。事前にアポイントを取ることも検討します。
これらのポイントを踏まえることで、相手に受け入れられやすい形で、自分の意思を伝えることが可能になります。
具体的なシチュエーション別アサーション例文
ここでは、立場が上の相手との間で起こりがちな具体的なシチュエーションを想定し、アサーションを用いた伝え方の例文をご紹介します。
シチュエーション1:上司からの無理な納期指示に「NO」を伝える
現在抱えている業務量に対し、物理的に不可能な納期で新しい業務を依頼された場合。
避けたい伝え方: 「無理です。絶対できません。」(攻撃的) 「あ、はい...頑張ります...」(受動的)
アサーションを用いた伝え方: 「〇〇さん、新しい業務のご依頼ありがとうございます。大変ありがたいお話なのですが、現在、△△のプロジェクトで□□の作業に集中しており、〇日までに完了させる予定で動いております。この状況で新しい業務を〇日までに完了させるのは、品質を維持するのが難しいと考えております。」 「つきましては、恐縮ながら納期の再調整をご相談させていただけないでしょうか。例えば、新しい業務の納期を〇日以降にしていただくか、あるいは△△のプロジェクトの納期を少し調整するか、他のメンバーに一部の業務を分担していただく、といったことは可能でしょうか。」
ポイント: * 感謝の言葉で始めることで、依頼自体を否定しているのではないことを示します。 * 現在の状況(抱えている業務、その納期)を具体的に伝えます。 * なぜ難しいのか、理由を明確に(品質の維持が難しいなど)伝えます。 * 単に断るだけでなく、複数の代替案を提示し、共に解決策を見つけたい姿勢を示します。
シチュエーション2:クライアントからの仕様変更や追加要望に「NO」/条件を伝える
当初の契約範囲を超える仕様変更や、追加費用の発生を伴う要望を受けた場合。
避けたい伝え方: 「そんなの契約にないですよ!」(攻撃的) 「はい、わかりました...やります...」(受動的)
アサーションを用いた伝え方: 「〇〇様、追加でご要望いただきました△△の機能について、ご提案ありがとうございます。大変興味深い内容ですね。」 「こちらの機能を実現する場合、当初の契約範囲から外れるため、追加での開発期間と費用が発生する見込みです。現在のスケジュールですと、完了までに追加で〇週間、費用は〇円程度が必要になると試算されます。」 「一度、この内容で正式なお見積もりを提出させていただけますでしょうか。あるいは、優先順位の高い機能から段階的に実装していく、といったことも検討できますが、いかがでしょうか。」
ポイント: * まず相手の要望に関心を示す言葉で始めます。 * 追加の要望が契約範囲外であること、それによる影響(期間、費用)を明確に伝えます。 * 推測ではなく、「見込みです」「試算されます」と正確性のある言葉を選びます。 * お見積もりの提案や、段階的な実装といった代替案を示し、クライアントが選択できるよう促します。
シチュエーション3:上司に自分の意見や改善提案を伝える
現在の業務フローに非効率な点があると感じ、改善策を提案したい場合。
避けたい伝え方: 「このやり方、おかしいと思います。変えるべきです。」(攻撃的) (何も言わずに不満を抱える)(受動的)
アサーションを用いた伝え方: 「〇〇さん、現在の△△の業務フローについて、一つご提案させて頂きたい点がございます。」 「最近、□□の作業に時間がかかっており、全体の効率に影響が出ているように感じております。もし可能であれば、この部分に新しいツールを導入したり、手順を一部変更したりすることで、作業時間を〇〇%削減できるのではないかと考えております。」 「この件について、一度詳しくお話しさせて頂くお時間を頂戴できますでしょうか。皆様のご意見もお伺いしながら、より良い方法を検討できれば幸いです。」
ポイント: * 提案があることを前置きし、話を聞いてくれる準備を促します。 * 「〇〇と感じております」「〇〇のように見えます」のように、主観を含む場合でも断定を避けます。 * 具体的な問題点と、それに対する具体的な改善提案をセットで伝えます。 * 提案によるメリット(作業時間削減など)を明確に示します。 * 一方的な提案ではなく、議論や検討を求める姿勢を示します。
実践に向けたステップ
立場が上の相手へのアサーションを成功させるためには、事前の準備と練習が有効です。
- 目的と内容の整理: 何を伝えたいのか(NO、要望、意見)、その理由は何か、譲れない点はどこか、妥協できる点はどこか、代替案はあるかを明確にします。
- 伝え方の計画: どのような言葉遣いをするか、どのタイミングで話すか、想定される相手の反応への対応などを考えます。可能であれば、信頼できる人に相手役をお願いして練習してみるのも良いでしょう。
- 落ち着いて伝える: 実際に話す際は、深呼吸するなどして落ち着きを保ちます。アイコンタクトを取り、明確な声で話します。
- 相手の反応に耳を傾ける: 相手の意見や懸念にも真摯に耳を傾けます。感情的にならず、冷静に対応します。
- 結果を受け止める: 必ずしも自分の要望通りにならないこともあります。その結果を受け止め、次の行動を考えます。
まとめ
立場が上の相手にNOを伝えたり、自分の要望や意見を主張したりすることは、簡単ではない挑戦かもしれません。しかし、アサーションの技術を用いることで、相手への敬意を保ちながら、自分の状況や考えを正直かつ明確に伝えることが可能になります。これは、不必要な衝突を避けつつ、互いにとってより良い解決策を見出すための重要なスキルです。
今回ご紹介した例文やポイントを参考に、ぜひご自身の状況に合わせてアサーションを実践してみてください。繰り返し練習することで、きっと関係性を損なわずに自信を持って自己表現できるようになるはずです。